太陽光発電を最初に普及させたのは日本企業
今でこそ中国メーカーなどが存在感を示すが、一般の家庭用や産業用の太陽光発電システムを実用化したのは京セラ、シャープ、三洋電機、三菱電機などの日本企業である。
また、余剰電力を電力会社に売るという系統連携の構想を最初に実現したのも日本企業である。
そして、今勃興している太陽電池市場を作ったのは日本だと言っても過言ではないと思います。これは、世界のエネルギー構造を大きく変える画期的なことである。
「日本の自慢、日本の誇り」より抜粋
太陽光発電を最初に普及させたのは日本企業
今でこそ中国メーカーなどが存在感を示すが、一般の家庭用や産業用の太陽光発電システムを実用化したのは京セラ、シャープ、三洋電機、三菱電機などの日本企業である。
また、余剰電力を電力会社に売るという系統連携の構想を最初に実現したのも日本企業である。
そして、今勃興している太陽電池市場を作ったのは日本だと言っても過言ではないと思います。これは、世界のエネルギー構造を大きく変える画期的なことである。
「日本の自慢、日本の誇り」より抜粋



国際宇宙ステーション(ISS)への物資輸送を担う日本の無人補給機「HTV」
宇宙ステーション補給機(H-II Transfer Vehicle: HTV)は、日本が開発する、国際宇宙ステーション(ISS)へ補給物資を運ぶための無人の輸送機です。
国際宇宙ステーション(ISS:International Space Station)には、運用期間中、水、食料、衣料などの生活物資や、新しい実験装置、実験用サンプルなどの研究用資材、バッテリーのように定期的に交換が必要な機器などを継続的に運んでいく必要があります。
これらのI SSへの補給手段は、米国NASAのスペースシャトルがそのほとんどを任されていましたが、機体の老朽化による打ち上げコストの拡大により平成22年度に退役が決まっています。
そのため早急にその代替機を用意する必要がありましたが、ロシアのソユーズは経済事情による資金難により定期的な輸送は困難であり、欧州も小型のTVしかないのが現状であったため、その次世代を担うのは我が日本に白羽の矢が立ったのです。
日本が開発した「HTV計画」は、全長 約10m 直径 約4.4m 質量 約10.5トン(補給品除く) 補給能力 約6トン(船内用物資:約4.5トン、船外用物資:約1.5トン)という巨大な輸送機です。その打ち上げにH-IIAロケットの第1段の直径を4mから5.2mにして、LE-7Aエンジンを2機装着したH-IIBロケットを使い打ち上げ、地球上空を秒速7.9kmで周回しているISSに近い軌道に打ち上げられ、ロケットと分離した後、ISSとランデブし、ドッキングポートの下約10m離れた位置に停止させます。そこまでを全て「地上からの命令による全て無人で行うもの」という日本独自の技術です。その後、ISSのロボットアームで船内作業員の操作によりHTVをつかみ、ドッキングポートに結合するという前代未聞の計画でした。
さすがに当初この計画にNASAは、NASA自体にもそのような技術は確立していなかったため、積載重量6tを運搬する「HTV」を計画する日本に対して「そのような巨大な補給機を無人で飛行させたらISSに衝突する恐れがあるので不可能ではないか?」と、その信用性において指摘していました。
しかし、日本人の宇宙技術者は、以前技術試験衛星VII型「おりひめ・ひこぼし」において開発された「無人衛星同士を連結させる実験に成功した」という経験がありました。
従って、HTVのランデブ航法は、また、「おりひめ・ひこぼし」と同様のシステムを応用したハードウェア/ソフトウェアの統合試験を行い、様々な状況においても正しく作動することを検証した後、NASAを説得し了承を得ました。
そして、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、平成21年 9月11日 2時 1分46秒(日本時間)に、種子島宇宙センターから宇宙ステーション補給機(HTV)技術実証機を搭載したH-IIBロケット試験機を打ち上げました。
ロケットは正常に飛行し、HTV技術実証機は、9月18日午前4時27分、ISSの下方10mに到着し、9月18日午前4時51分、ISSクルーが操作するISSのロボットアーム(Space Station Remote Manipulator System: SSRMS)での把持が完了し、大型物資や機器の運搬及び補給、そして廃棄物の処分というこのミッションを全て完璧に成功させました。
このミッションは、ISS共同国全てから絶賛され、今後も改良を続けながら年に2回の打ち上げを行ってゆく予定です。
(JAXAのHPより)
「日本の自慢、日本の誇り」より抜粋
今も世界中の道を走るワールドカー 自動車の販売台数世界1位は1931年からずっとアメリカ自動車大手のゼネラルモーターズ(GM)が死守しており、これをいかに抜くかが日本の自動車産業の悲願であった。そして2007年、予想ではトヨタがGMを抜き去るかに思われたが、GM936万9524台に対しトヨタは936万6418台でわずか3000台という僅差で世界の首位に立つことはできなかった。
しかし車種別にみると、すでに世界一となった車がトヨタにはある。それがカローラだ。時代に合わせてモデルチェンジが繰り返されているが、1974~1979年に販売された3代目カローラは、1974年には輸出台数が30万台を突破、最終的な生産台数も世界に例を見ない375万台を記録して、名実ともにワールドカーとなった。
カローラは海外で、大きな影響を与えてきた。例えば80年代、アメリカの不況時にはジャパンバッシングの象徴としてカローラに火がつけられたり、ハンマーでたたき壊される映像がニュースで流れることもあった。しかし性能の高さと燃費の良さ、そして価格のバランスの高さから売れ続け、2008年でも、生産台数は150万台と驚異的な数字となっている。さらに近年では、1億6000万人の消費市場を持つイスラム圈で、日本車の人気が高まってきている。実際、乗用車の販売台数は近年急速に伸びており、2006~2007年度は18万台、なかでもカローラは高い人気を誇っている。
またブラジルなどでは、金持ちの間でカローラが大人気らしい。その理由は目立たないからだという。世界の大衆車にとっては、それはほめ言葉だろう。今後も、カローラは日本を代表する車として、世界中の道を走り回りそうだ。
「日本の中の世界一」「日本の自慢、日本の誇り」より抜粋
2600本の桜が咲き誇るという、日本さくら名所100選のひとつの青森の弘前公園のその西に位置する岩木山南麓に世界一長い桜並木がある、その長さ20キロに渡る桜並木の道。
その歴史は比較的浅く、1985年に約6500本のオオヤマザクラが植樹されたのが始まり。
岩木山に住む創案者が「どうせ作るなら世界一の桜並木にしたい」との思いから、。岩木山麓に世界一の桜並木を!。をスローガンとし、多くの協力者とともに10年の歳月をかけて植樹したという。
1975年には国定公園に指定されている岩木山は、津軽平野を眼下にそびえる独立峰で、円錐形の外観から津軽富士とも呼ばれる標高1625メートルの成層火山。過去には天明の大飢饉の一因とされる大噴火(1783年)を起こしたことで有名だ。
20キロに渡る桜並木の道は、岩木山を周遊する絶好のドライビングスポットでもあり、小森山入りロバス停付近から嶽温泉郷周辺にかけて散策が楽しめる、「並木の遊歩道」もある。
「日本の中の世界一」「日本の自慢、日本の誇り」より抜粋
1958年に誕生した50ccの小型バイク・スーパーカブC100。
「小型で強力なエンジンを備え、実用的で安価。維持費も少なく軽量で操縦性に優れ、女性にも乗りやすく片手でも楽に運転できる」をコンセプトに、小排気量の車両としては異例の4ストロークエンジンや手を使わずにギアチェンジができる自動遠心クラッチを導入、乗り心地を重視したボトムリンク式を採用、操縦の安定性を図るために17インチタイヤを装備。1年8ヵ月という時間をかけて開発したこのバイクは、二輪車をホンダの新基軸にしようと考えたこだわりの集大成と言っても過言ではない。
「片手でも……」の謳い文句通りに、日本中の企業や団体に配達用バイクとして普及、造りが丈夫で燃費も良いことから公共交通機関が発達していない地方などでも重宝され始める。世界15カ国で生産され、累計台数6000万台を達成。「基本設計を変えていない」エンジンつきの乗り物としては世界最多の記録となった。 「日本の中の世界一」「日本の自慢、日本の誇り」より抜粋
専用の耐水ハガキを最深のポストに投函
地元のドイツ人アーティスト・ピオルコフスキー氏の手により、廃棄ポストのてっぺんを郵便物が取り出しやすいように開閉式に改造され、水深10メートルの場所に設置されたこのポストは「海中ポスト」「や「海底ポスト」と呼ばれ、2002年のギネスブックに「世界一深い場所にあるポスト」として認定されている。
専用の耐水ハガキに油性ペンを使って書いて投函すれば、ちゃんと配達もしてくれる。 回収は地元のダイバーが行っているが、その数はすでに3万通を超えているという。ダイビングサービス会社「ノアすさみ」が管理。
2007年7月には公募で集まったボランティアダイバーらの手で新しいポストと交換作業が行なわれている。
余談だが、バンジージャンプ発祥の地として知られるバヌアツ共和国には水深3メートルの海底に設置された海底郵便局もある。特別な訓練を受けた郵便局員が1日2時間程度業務を行っているのだとか。「日本の中の世界一」「日本の自慢、日本の誇り」より抜粋
1972年、英語のワードプロセッサが製品化される。日本の大手コンピューターメーカーからも日本語ワープロのデモシステムが発表されたが、非常に大型のコンピュータを使用したものであり、一般向けの製品化には遠く及ばなかった。
障害となったのは日本語の特徴だ。日本語は英語のように単語が明確に区切られておらず、同音異義語が多く存在するため、変換システムの確立が非常に困難だったのだ。かな漢字変換の基礎研究は1960年代後半から しかし、1978年に、東芝が世界初の日本語ワープロ『JWI10』を製品化した。この『JWI
10』、価格はなんと630万円。記憶容量はたったの64キロバイトしかない割に、ボディサイズは事務机並みだった。
しかし、画期的な「かな漢字変換機能」を搭載しており、21世紀に突入しても現役で使われているものは数台あったという。
現在、コンピューターや携帯電話などでごく普通に使われている日本語入力機能は、ここから派生したものである。もし、この自然言語処理技術が開発されずに、コンピューターヘの入力が英語に限られたままだったとした、E7、日本でパソコンはこれほど普及しなかったはずだ。 東芝ではワープロの生産を2000年に終了し
ている。その6年後にはワープロのサポートも終了。この間、世界初のA4ノートブックパソコンを開発して世界トップシュアの躍り出た「日本の中の世界一」「日本の自慢、日本の誇り」より抜粋
世界中の人びとの間で親しまれているリンゴ。その種類は数多く、日本のリンゴ生産量の50パーセントを占める青森県が作った「ふじ」などは、世界的にも広く普及している。
青森県は他にも数種類の品種を生み出しているが、世界で一番大きなリンゴを作ったのも青森県なのである。正式な名前は「青り4号」という。
このリンゴは、1946年に初めて結実し、それから数年に渡り研究が続けられ、1974年に発表された。
重さの平均は、だいたい500から600グラム。1キログラムを超えるものも珍しくないのだとか。リンゴ自体の重さの平均がだいたい300グラムなので、どれほど大きいのかがわかる。 その大きさと表面の光沢から話題を呼んで、一時期は25個入りで3万8000円にも価格が高騰した。
今でも価格は1つ500円ほど。大きさもさることながら、値段も世界一なのである。 「日本の中の世界一」「日本の自慢、日本の誇り」より抜粋
川崎競馬場に設置されているドリームビジョン。幅72×高さ16mルという巨大なスクリーンを完成させた。この大きさは、実にジャンボジェットがすっぽり入ってしまうほど。これにより世界記録は大幅に塗り替えられた。ドリームビジョンが登場するまでは、府中競馬場に設置されていたターフビジョン (66.4*11.2m)が最大だった。
海外では香港のシャティン競馬場に高さ8×70.4mのものがある。面積でいうと、実に1・5倍というスケールで記録更新したことになる。
この巨大なスクリーンに、LEDハイビジョンで最大三画面の映像が映し出されるため、レースの中継と同時に、オッズや違う角度からの映像を同時に見られる。近年の競馬は三連単などオッズも複雑だが、これだけ広いスペースがあるので、一度に表示できる情報の量も多い。そのため、なんとオッズを100通りも一括表示することが可能なのだ。 スタンドからドリームビジョンまでの距離は250メートルもあるが、これだけの大画面なので十分とも言えよう。
このドリームビジョンは、使われている技術も最先端のものだ。画素を構成する多数のLEDと、各LEDを制御するコントローラで構成されているので、原理的に大きくしやすいという特徴を持つ。また画面のサイズが大きくなればなるほど、消費電力も大きくなる。しかしLEDはブラウン管やプラズマなどに比べると、ずっと消費電力量は少ない。 さらにスタンドからの距離250メートルを加味して、LEDの画素ピッチを62mmと少々粗く作られているので、それだけ使用されるLEDの数も減り、電力量が少なくて済むのだ。完成式典ではこの点が強調され「エコノミーでエコロジー」であるとしていた。最先端の映像技術で大型画面を開発 これを作り上げたのは、東京都稲城市に本社を置く富士通グループに属する電子機器の開発・製造メーカー、富士通フロンテック。 「日本の中の世界一より抜粋」「日本の自慢、日本の誇り」
世界記録に輝くパナソニックの乾電池 エボ.ルタEVOLTAはパナソニックから発売されている乾電池のブランドで、その名称は英語の「EVOLUT-ON(進化)」と「VOLTAGE(電圧/みちあふれようとする力)」に由来している。
開発にあたっては、構造、材料、工法に大幅な改良を行ない、同社の従来品とは差別化された上位製品として位置づけられている。 アルカリ乾電池のEVOLTAは、単II単4形までラインナップされているが、このうち単3形は「世界一長持ちする単3形アルカリ乾電池」として、2008年にギネスブックの世界記録に認定された。
商品コピーの「世界N0.1長持ち」には、このような確たる裏付けがあるのである。長持ちするだけでなく、使用推奨期限が10年と長期保存が可能なのもEVOLTAの自慢だ。これは従来品の2倍にあたるという。
エポルタくんが様々な実証に挑戦 パナソニックは、オリジナルロボット「エボル夕」を使った実証にも挑戦している。 第1回は2008年5月、グランドキャニオンで行われた。 EVOLTA単3形・2本のみを動力とするエボルタくんが、ロープをたどってグランドキャニオンを登るというものである。 なんと、エボルタくんは、530・4メートルのロープを6時間46分かけて登り切ったのだI・ 2009年8月には、フランスの 「ル・マン」サーキットでの24時間耐久走行にも挑戦。 見事に23.726キ口を完走し、これもギネス世界記録に登録されたのである。 これからもEVOLTAは、見る者に驚きや感動を与えられるチャレンジを続けて行くという。 「日本の中の世界一より抜粋」「日本の自慢、日本の誇り」